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  • 漢文 「中庸」を学ぶ第5回

    第14章 素して行うーー今いる場所で生きる

    この章は、子思の言葉である。

    〇君子素其位、而行、不願乎其外。

     素富貴行乎富貴、素貧賤行乎貧賤、素夷狄行乎夷狄、素患難行乎患難。君子無入而不自得焉。

     在上位不陵下、在下位不援上、正己而不求於人、則無怨。上不怨天、下不尤人。

     故君子居易以俟命、小人行険以徼幸。子曰、射有似乎君子。失諸正鵠、反求諸其身。

    読み

     君子は其の位に素して行い、其の外を願わず。

     富貴に素しては富貴に行い、貧賤に素しては貧賤に行い、夷狄に素しては夷狄に行い、患難に素しては患難に行う。君子入るとして自得せざるは無し。

     上位に在りては下を陵(しの)がず、下位に在りては上を援(ひ)かず、己を正して人に求めざれば、則ち怨み無し。上 天を怨みず、下 人を尤(とが)めず。

     故に君子は易に居て以て命を俟(ま)ち、小人は険を行いて以て幸を徼(もと)む。

     子曰く、「射は君子に似たる有り。諸(これ)を正鵠に失すれば、諸(これ)を其の身に反求す」と。

    訳文

     君子はいま自分が身を置いている立場・境遇に応じてなすべきことを行い、その外を願うことはない。いま富貴に身を置いているなら、富貴においてなすべきことを行い、いま貧賤に身を置いているなら、貧賤においてなすべきことを行い、いま夷狄(異民族の住む異文化世界)に身を置いているなら、夷狄においてなすべきことを行い、いま患難に身を置いているなら、患難においてなすべきことを行う。このように君子はどんな立場・境遇に至っても、(そこで自分がなすべきことを行い、自分以外に求めることがないので)つねに悠々自適なのである。

     上役の立場にあっては、下役に対して(言うことをきかせようと)嵩に掛からず、下役の立場にあっては上役に対して(世話になろう)と手蔓を求めない。自分を正して他人に求めることがなければ、他人を怨むことはない。自分のなすべきことをなすのみだから、上には天を怨まず、下には人を責めない。

     だから君子は平易な立場・境遇に身を置いて天命を待ち受け、逆に、小人は危なっかしいことを行って幸運を当てにする。

     先生はおっしゃった、「射(弓術)は君子のあり方に似ている。的を外せば、(心の乱れか、姿勢の歪みかと反省し)外れた原因を自分に求める」と。

    ■ 俟(し)__待つ。立ち止まる。

    ■ 徼(きょう)__もとめる。得られそうもないことを得たいと願う。

    ■ 正鵠 (せいこく)__弓の的の中央の点。「正」も「鵠」も的の中央にその絵が書かれた鳥の名

    第15章 近きより遠きへ、低きより高きへ

    この章も、子思の言葉である。

    〇君子之道、辟如行遠必自邇、辟如登高必自卑。

     詩曰、妻子好合、加鼓瑟琴。兄弟既翕、和楽且耽。宜爾室家、楽爾妻孥。

     子曰、父母其順乎矣乎。

    読み  

     君子の道は、辟(たと)えば遠きに行くに必ず邇(ちか)きよりするが如(ごと)く、辟(たと)えば高きに登るに必ず卑(ひく)きよりするが如(ごと)し。

     詩に曰く、「妻子 好合し、瑟琴を鼓するが如し。兄弟 既に翕(あ)い、和楽して且(か)つ耽(たの)しむ。爾(なんじ)の妻孥(さいど)を楽しましむ。」と。

     子曰く、「父母は其れ順なるかな」と。

    訳文

     君子の行うべき道は、辟(たと)えて言うなら、遠くへ行くには必ず近くから始め、高いところに登るには必ず低いところから始めるようなものだ。

     『詩経』に、妻や子供と和気あいあい、瑟(弦の数の多い大型の琴)や琴を合奏するかのよう。兄弟すでに寄り集まり、打ち解けあって且つ楽しむ。汝(なんじ)の一家みな仲良く、妻や子孫を楽しません」と。

     先生は、(この詩を誦(とな)えた後に称えて)おっしゃった、「(一家みんな仲良くて)父母はまことに安らぎ楽しんでおられるようなあ」と。

    ■辟如(たとえば_のごとし)__他の物事を引き合いに出して言うと_のようだ。

    ■邇(じ)__近い  ■邇言__通俗的な誰にでもわかりやすい言葉

    ■卑(ひ)__低い。低い位にある様。

    ■好合__お互いの気持ちや関係がぴったりうまくいく。

    ■翕(きゅう)__あつまる。開いたものを寄せあわせる。

    ■妻孥(さいど)__妻と子供

    第16章 鬼神ー神霊の偉大さ

    孔子の言葉の引用です。

    〇子曰、鬼神之為徳、其盛矣乎。

    視之而弗見、聴之而弗聞、体物而不可遺。

    使天下之人斉明盛服、以承祭祀。洋洋乎如在其上、如在其左右。

    詩曰、神々格思、不可度思、矧可射思。夫微之顕、誠之不可揜、如此夫。

    読み 

     子曰く、「鬼神の徳たる、其れ盛んなるかな。

     之を視れども見えず、之を聴けども聞こえず、物に体して遺すべからず。

     天下の人をして斉明盛服して、以て祭祀を承けしむ。洋洋乎(ようようこ)として其の上に在るが如く、其の左右に在るが如し。

     詩に曰く、「神の格(いた)る、度(はか)るべからず、矧(いわ)んや射((いと)うべけんや」と。

    夫(そ)れ微の顕(あきら)かなる、誠に揜(おお)うべからざる、此の(かく)の如きかな」と。

    訳文

     先生はおっしゃった、「鬼神の徳というものは、本当に旺盛なものだなあ。(鬼神は形も音もないので)それに目を凝らしても見えず、耳を澄ましても聞こえないが、すべての物に形体を与えて漏れ落とすことがない。

     世界の人々に、精進潔斎して礼服に威儀を正し、祭祀に奉仕させる。すると鬼神は降臨してあたりに満ちてモウモウとその上に在るかのよう、その左右に在るかのようである。

     『詩経』に言う、『神の降りて来るのは、予測できぬ。神は常に見ているから慎み畏れるべきで、まして嫌がり怠ってよかろうか』と。

     そもそも、微かなことほど明らかなものはなく、真実は覆い隠せない、とはこのようなことをいうのだなあ」と。

    ■矣乎(いや)なるかなと読み、__であることよ。感嘆の意。

    ■弗(ふつ)__「~せず」と読み、「~しない」と訳す。否定。

    ■洋洋(ようよう)__一面に満ちている様

    ■矧(しん)__「いわんや」と読み、「まして~はなおさらである」と訳す。抑揚の意。

    ■揜(えん)__おおって隠す。

  • 漢文 「中庸」を学ぶ第4回

    第12章 君子の道は、費にして隠なり

    〇君子之道、費而隠。

     夫婦之愚、可以与知焉。及其至也、雖聖人亦有所不知焉。夫婦之不肖、可以能行焉。及其至也、雖聖人亦有所不能焉。天地之大也、人猶有所憾。故君子語大、天下莫能載焉、語小、天下莫能破焉。

     詩伝、鳶飛戻天、魚躍於淵。言其上下察也。

     君子之道、造端乎夫婦。及其至也、察乎天地。

    読み

     君子の道は、費(ひ)にして隠なり。

     夫婦の愚も、以て与(あずか)り知るべきなり。其の至れるに及んでは、聖人と雖(いえど)も亦(ま)た知らざる所有り。夫婦の不肖も、以て能く行うべきなり。其の至れるに及んでは、聖人と雖も亦た能くせざる所有り。天地の大なるも、人猶憾む所有り。故に君子 大を語れば、天下能く載せること莫く、小を語れば、天下能く破ること莫し。

     詩に曰く「鳶飛んで天に戻(いた)り魚淵に躍る」と。其の上下に躍る」と。其の上下(しょうか)に察(あき)らかなるを言うなり。

     君子の道は、端を夫婦に造(な)す。其の至れるに及んでは、天地に察(あきら)かなり。

    訳文

     君子の行うべき道は、広く果てしないもの(費)でありながら、隠れて微かなもの(隠)である。

     庶民の愚かな夫婦でも与(あずか)り知ることができる。しかし、その極致ともなれば、聖人でもわからないところがある。庶民の愚かな夫婦でも実践することができる。しかし、その極致ともなれば、聖人でもできないことがある。広大な天地でさえ、人もなお不満に思うほどである。だから君子は道理の大きさを語れば、世界にそれを載せられるものはなく、道理の小ささを語れば世界にそれ以上に分割できるものはない。

     「詩経」に言う、「鳶は飛んで天までとどき、魚は淵の底で踊る」と。上にも下にも明らかになっていることを言うのである。

     君子の行うべき道は、庶民の夫婦の日常生活という身近なところに端緒が開かれている。しかしその広大な極致となれば、天にも地にもあまねく明らかに現れるのである。

    解説

     この章は、子思が第一章の「道なる者は、須臾も離るべからざるなり」の意味を説明するものです。

     「君子の道は費にして隠なり」の「費」とは、道理の作用(はたらき)を意味し、その作用は目の前に広がる日常の世界に現象としてありありと現れています。一方、「隠」とは、道理の本体を意味します。作用・現象は見たり聞いたりして感覚でとらえられますが、道理の本体は作用・現象の背後に潜んでいるものなので感覚ではとらえることができません。観念的なものです。

     しかし、作用・現象はそのような日常生活にレベルにとどまらず、その極致はこの天地の間、世界のすべてに及びます。費とか、隠とか言われてもピンとこないので、詩経の一説を入れて説明しています。鳶も魚もそれぞれが天から受けた道理のまま、悠々自適にその在り様をを発揮していることを、説明しています。

    第13章 道は人に遠からず

    〇子曰、道不遠入。人之為道而遠入、不可以為道。

     詩伝、伐柯伐柯、其則不遠。執柯以伐柯、睨而視之、猶以為遠。故君子以人治人、改而止。

     忠恕違道不遠。施諸己而不顔、亦勿施於人。

     君子之道四、丘未能一焉。所求乎子、以事父、未能也。所求乎臣、以事君、未能也。所求乎弟、以事兄、未能也。所求乎朋友、先施之、未能也。庸徳之行、庸言之謹、有所不足、不敢不勉、有余、不敢尽。言顔行、行顔言。君子胡不慥慥爾。

    読み

     子曰く、「道は人に遠からず。人の道を為して人に遠きは、以て道と為すべからず。

     『詩』に云(いわ)く、『柯を伐(き)り柯を伐(き)る、其の則(のり)遠からず』と。柯を執りて以て柯を伐り、睨(げい)して之を視るも、猶お以て遠しと為す。故に君子は人を以て人を治め、改めて止む。

     忠恕は道を違(さ)ること遠からず。諸(これ)を己に施して願わざれば、亦た人に施すこと勿れ。

     君子の道は四、丘は未だ一も能くせず。子に求むる所、以て父に事(つか)うるは、未だ能くせざるなり。臣に求むる所、以て君に事(つか)うるは、未だ能くせざるなり。弟に求むる所、以て兄に事(つか)うるは、未だ能くせざるなり。庸徳を之れ行い、庸言を之れ謹み、足らざる所あれば、敢えて勉めずんばあらず、余り有れば、敢えて尽くさず。言は行いを顧み、行いは言を顧みる。君子 胡(なん)ぞ慥慥爾(ぞうぞうじ)たらざらん」と。

    訳文

     先生はおっしゃった、「道は人から遠く離れてはいない。人が道を実践して人から遠く離れたならば、そのようなものを道ということはできない。

     『詩経』に言う、『斧の柄を伐(き)り、斧の柄を伐る。その手本は遠くない』と。斧の柄を手に執って斧の柄にする木の枝を伐るには、横目でチラチラと木の枝と手本となる柄とを見比べればよいのだが、それでも木の枝と柄は別物なのでやはり遠いといえる。だから君子は人によって人を治め、改まったならば終わりにする。

     まごころ(忠)と思いやり(恕)とは人の道を遠く離れたものではない。自分が他者からされて望まないことは、他者にもしない。

     君子の行うべき道には四つあるが、丘(孔子の本名)はまだ一つさえよく行えない。自分が子供に求めるありかた、そのありかたによって自分が父に仕える、私はまだそれができない。自分が臣下に求めるありかた、そのありかたによって自分が君主に仕えること、私にはまだそれができない。自分が弟に求めるありかた、、そのありかたによって自分が兄に仕えること、私にはまだそれができない。自分が友人に求めること、それを先に自分からしてやること、私にはまだそれができない。日常の当たり前の徳(庸徳)を行い、日常の何気ない言葉(庸言)を慎んで、不十分なところがあれば果敢に実践に努め、言葉に過剰なところがあれば、慎重に言葉を選んで敢えて言い尽くすことはしない。言葉には実行が伴っているかどうかに気を付け、実行には言葉に沿っているかどうかに気を付ける。このように君子の言行は何と真心のこもった誠実なものではないか」と。

    解説  

     子思が孔子の言葉を引用する形で、第12章にいう「費(道理の作用・現象)」を説明する文章です。

     「論語」で孔子の言葉として「生涯を通して行うべきことを一言でいえば、それは恕(おもいやり)であると。自分が人からされたくないことは、人にもしないことだ。ということを言っています。

  • 古典「中庸」学ぶ 第三回

    第8章 賢者・顔回の中庸

    〇子曰、回之為人也、択乎中庸、得一善、則挙挙服膺而弗失之矣。

    読み

    子曰く、「回の人と為りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち挙挙服膺(けんけんふくよう)して之を失わず」と。

    訳文  

    先生がおっしゃった、「回(弟子の顔回)の人柄は、よく中庸の道のこの上なき素晴らしさを知って中庸を選択し、一つの善(すなわち中庸)を得ると、それを大切に胸に抱いて失わない」と。

    ■ 拳拳服膺(けんけんふくよう)___拳拳は、大切に両手で捧げ持つこと。服は身につける、膺は胸部で、胸に抱いて離さないという意味。 

    第9章 知仁勇と中庸

    〇子曰、天下国家可均也。爵禄可辞也。白刃可踏也。中庸不可能也。

    読み

    子曰く、「天下国家も均しくすべきなり。爵禄も辞すべきなり。白刃も踏むべきなり。中庸は能くすべからざるなり」と。

    訳文  

    先生はおっしゃった。「天下や国や家を公平に治めることは困難ではあるが知者ならば可能である。地位と給料を辞退することは、困難ではあるが、仁者ならば可能である。白刃の閃く敵陣に踏み込むことは困難ではあるが、勇者ならば可能である。しかし、中庸はわずかによくない欲望があれば心のバランスが失われ、実践は不可能である。

    参考

    中庸においては、知仁勇とは、別に中庸があるように見えますが、朱子学の朱子は、弟子との問答において「中庸は三者の間にあり、これらと別の道理があるのではない。三者を程よく実践できたなら、それこそが中庸である。」と。

    第10章 勇者・子路への教え 真の強さとは

    〇子路問強。

    子曰、南方之強与、北方之強与、抑而強与。

    寛柔以教、不報無道、南方之強也。君子居之。

    衽金革、死而不厭、北方之強也。而強者居之。故君子

    故君子和而不流。強哉矯。中立而不倚。国有道、不変塞乵。強哉矯。国無道、至死不変。強哉矯。

    読み

    子路 強を問う。

    子曰く、「南方の強か、北方の強か、抑而(なんじ)の強か。

    寛柔以て教え、無道に報いざるは、南方の強なり。君子之に居る。

    金革を衽(しとね)とし、死して厭わざるは、北方の強なり。而(しこう)して強者之に居る。

    故に君子は和して流れず。強なるかな矯たり。中立して倚(かたよ)らず。強なるかな矯たり。国に道有れば、塞を変せず。強なるかな矯たり。国に道無ければ、死に至るも変せず。強たるかな矯たり」と。

    訳文 

    子路(孔子の弟子の仲由)が強さについてお尋ねした。先生はおっしゃった、「強さも様々だが、お前のいうのは、南方の人の強さかね、北方の人の強さかね、それともお前の学ぶ者としてのなすべき強さのことかね。おおらかに穏やかに教え導き、道理に外れた横暴にも報復しない、これが南方の人の強さである。一般の君子はこの強さに身を置く。刀や槍・鎧兜を常に身辺から離さず、戦闘に及んでは死も避けない、これが北方の人の強さである。そして、一般の強者はこの強さに身を置く。

    しかし、南方の強さも北方の強さも極端で、これらはお前のなすべき強さではない。だから、真の君子は、人と調和しながら人に流されない。まことに強いことよ。中道に立って一方に偏ることがない。まことに強いことよ。国に道義がゆきわたり治まっていれば、君主に仕え、たとえ出世しても、前から抱いていた理想を変えない。まことに強いことよ。国に道義が行われずに乱れていれば、不遇な時を過ごし、たとえ死んでもいつも抱いている理想を変えない。まことに強いことよ。

    第11章 君子は中庸に依る

    〇子曰、索(素)隠行怪、後世有述焉。吾弗為之矣。

     君子遵道而行、半塗而廃。吾弗能已矣。

     君子依乎中庸、遯世不見知而不悔。唯聖書能之。

    読み

     子曰く、「隠れたるを索(もと)め怪しきを行うは、後世述ぶること有らん。吾之を為さず。

     君子は道に遵(したが)いて行い、半塗(はんと)にして廃す。吾は已(や)む能わず。

     君子は中庸に依り、世を遯(のが)れて知らずして悔いず。唯だ聖者のみ之を能くす」と。

    訳文

     先生は、おっしゃった、「隠れて偏った理屈を深く追い求めたり、怪しく奇妙なことを行ったりすることは、後世にそれを受け継ぐ者もあるだろう。しかしそんなことはしない。

     君子は道に従って実践はするが、(実行力においては力が足りないことがあり)途中でやめてしまう。しかし、私はやめることはできない。

     君子は中庸を拠(よ)りどころとし、世間から隠遁して名が知られなくても後悔しない。これは、ただ聖人だけにできることだ」と。

    参考

    儒教における隠遁は、道義の有無という世俗のあり方が原因であるから、世俗への強い関心を持ち続けています。

    その点、日本の隠遁の多くが仏教の無常観や厭離穢土(穢れた俗世を捨てる)の考えとは大きく異なります。

  • 古典「中庸」を学ぶ

    第2章から第20章は子思が孔子の言葉を引用しながら、行った第1章の意味の説明。とりわけ、2章から11章までのすべて孔子の言葉の引用

    第2章 君子は時中す。

    〇仲尼曰、君子中庸。小人反中庸。君子之中庸也、君子而時中。小人之反中庸也、小人而無忌憚也。

    仲尼(ちゅうじ)曰く、「君子は中庸す。小人は中庸に反す。君子の中庸や、君子にして時中す。小人の中庸に反するや、小人にして忌憚無きなり。」と。

    訳文  仲尼【孔子の字】はおっしゃった。「君子は中庸を身につけており、小人は中庸に反する。君子が中庸であるのは、徳のある立派な君子である上に、その時々の状況に応じて的を射た対応ができるからである。小人が中庸に反するのは、小人である上に物事に勝手気ままを行って、何ら忌み憚ることがないからである。 

    第3章 民能くすること鮮(すくな)きこと久し

    〇子曰、中庸其至矣乎。民鮮能久矣。

    子曰く、「中庸は其れ至れるかな。民能くすること鮮(すくな)きこと久し」と。

    訳文  孔子はおっしゃった、「中庸の徳はまことにこの上ないものだなあ。民衆でこれを実践できるものが少なくなって久しい」と。

    第4章・5章 道の行われざる

    〇子曰、道之不行也、我知之矣。知者過之、愚者不及也。道之不明也、我知之矣。賢者過之、不肖者不及也。人莫不飲食也。鮮能知味也。

    〇子曰、道其不行矣夫。

    子曰く、「道の行われざるや、我之を知れり。知者は之に過ぎ、愚者は及ばざるなり。道の明らかならざるや、我之を知れり。賢者は之に過ぎ、不肖者は及ばざるなり。人 飲食せざるは莫(な)きなり。能く味を知ること鮮(すくな)きなり。」と。

    子曰く、「道は其れおこなわれざるかな」と。

    訳文 先生はおっしゃった、「中庸の道が実践されないことについては、私はその理由を知っている。知者は知ることに過剰で実践を軽んじ、愚者は知ることに不足があるために実践の意義がわからないからである。中庸の道がはっきり認識されないことについては、私はその理由を知っている。賢者は実践に過剰で認識を軽んじ、不肖者は、実践に不足があるために認識する方法も求めないからである。どんなひとでも飲食しないものはない。しかしその味わいを本当にわかるものは少ない」と。中庸の道も飲食のごとく日常の行為であるが、身近すぎて、過不足を吟味する者が少ないのである。

    先生がおっしゃった、「中庸の道はほんとうに実践されないのだなあ」と。

    第6章 知者・舜の中庸

    〇子曰、舜其大知也与。舜好問而好察邇言、隠悪而揚善、執其両端、用其中於民。其斯以為舜乎。

    子曰く、「舜は其れ大知なるか。舜は問うことを好んで邇言を察することを好み、悪を隠して善を揚げ、其の両端を執りて、其の中を民に用う。其れ斯れ以て舜たるか」と。

    訳文  先生がおっしゃった、「舜(伝説上の王)は実に偉大な知者だなあ。舜は人に問うことを好んで、そして身近なありふれた言葉をよく調べることを好み、悪いことは隠して、善いことは揚げ示し、異なる意見にもその端から端までを把握してよく調べ、その中を民衆に用いた。こうだからこそ、舜なのだなあ」と。

    第7章 罠だと気づきもせず

    〇子曰、「人皆曰『予知』、駆而納諸罟獲惂阱之中、而莫之知辟也。人皆曰『予知』、擇乎中庸而不能期月守也。」

    子曰く、人皆「与(われ)知あり」という。駆(か)って諸(これ)罟獲惂阱の中に納(い)れて而(しか)して之を辟(さけ)ぶを知る莫(な)きなり。人皆「与(われ)知あり」という。中庸を擇(えら)びて、期月(きげつ)も守る能(あた)わざるなり。

    訳文  先生はおっしゃった、「人々はみな、『自分には知恵がある』という。しかし、いざ網や罠、落とし穴の中に追い込まれてみても、それが罠だと気づいて避けることができない。人は皆、『自分には知恵がある』という。中庸を選び取ったつもりでいながら、ひと月(わずか1カ月)さえも守り続けることができない。

    ■罟獲惂阱___鳥獣を捕らえる網と罠、落とし穴

    ■期月___約1か月

  • 26年7月のお出かけ

    道後

    道後温泉本館 改修後初めて行ってきました。

    椿の湯、飛鳥の湯と本館と、三つの温泉がありますが、私は、いつも本館に700円だったかな?タオル持参で入ります。小一時間の入浴ですが、熱くもなく、程よく入ります。いつだったかの時、洗い場の木製の座いすが低く、後ろに転げそうだったことをさるところに投稿してしまいました。すると、今回改修後には、白のプラ製の40センチはある高い座いすが二つ用意されており心配なく洗顔することができました。めでたしめでたし。できれば、木製のほうが風情があるかな?とは思いました。わたしは、何でもかんでもプラスチック製品を排除することはありませんが。

    お風呂をでたあと、息子と一緒に、道後を散策しました。

    本館前の蜷川実花さんのお店を覗き、絵葉書を買い、旧道後動物園の湯築城資料館にも、入ってみました。動画視聴を案内されたので、伊予の豪族であった河野通有の動画など拝聴し、河野の出城の資料など拝見しました。源泉があると本館洗体場に書いてあったので、場所を尋ねると、源泉分湯場を教えてくださり、バス停の奥のお稲荷さん。目当てに見つけました。梅雨時で、蒸し暑く最後に愛南ゴールドのシャーベットをクーラーきかせながら、車中にて頂きました。

    野志市長さんの4期目の大仕事は、きれいに出来上がったと感心しましたが、大任を辞されるようで、残念であります。。。資料館出際に、折り紙の兜を頂きました。河野の家紋入りの兜でした。いとこの窯元が、相撲茶屋さんに提供した、軍配のお皿の上にのせてみました。夏の思い出。

              2026年 9月8日記

  • 農の仕事

    秋とり枝豆

    8月の家庭菜園

    メロン、まくわうりが終わり、検討中のところ、ダイキで秋とり枝豆が、目に入ってきました。早速、3号ポットにて、種まき培土に2,3粒をまきました。上澄みに、バーミキュライト(雲母)をのせ、発芽をまちます。26P。(7月30日)

    約三日にて、発芽。(8月2日)

    いよいよ定植。かなり徒長しているように思うがこのまま、土を被せる形で植えてみた。(8月8日)

    引き続き、10日、17日と残りを植える。間引きした茎もそっと抜いてポットを増やしました。最終35P。

    図のとおり、開花。マルチ起こして、888とリン酸カリを投入。畝を深くして、水を溜まりやすくしました。

  • 8月のお出かけ

    ぶらぶらり

     初めて隣県高知のよさこいを見に行きました。たまの休日を

    どう過ごそうか?家内と相談し、本当に思いつきで、ドライブがてら出かけました。高知城に近づくにつれ、送迎バスが多く見られ、スピーカー付きの先導トラックにも、前を塞がれるようになり、慌ててパーキング探し。そして、帯屋町へ。約3時間半立ちっぱなしで動画撮影。反響音が、耳をつんざく中、よさこい踊りを初めて生で見ました。

    こんなに、ワクワクする感動は、久しぶりでした。地元には、秋に太鼓台があり盛り上がりますが、商店街全面両脇一面とはいきません。大賞をとられた、ほにやさんの「未来航路 夢見て候」は、音楽も言葉も、そしてもちろん踊り子さんの踊りも最高でした。加えて、着ている衣装、身につけられているすべてに綺麗だと驚きました。

    来年は、一日といわず、連日でたくさんの演舞を見たいと思いました。出会えたことに感謝。ありがとうございました。

  • 四書五経『中庸』

    {第1章}   「中庸」全体の要点。孔子が伝えた教えを孫である子思がそのまま伝えた言葉

    〇天命之謂性、率性之謂道、修道之謂教。

    天の命ずる之を性と謂い、性に率(したが)う之を道と謂い、道を修むる之を教えと謂う。

    訳  天が命令するように人や物に分け与えたものを性【あるがままの性質】といい、性に従うことによっておのずと立ち現れてくるものを道【道理】といい、そこを踏んでいけるように聖人が状況に応じて道を整備した手引きとなるものを【教え】という。

    〇道也者、不可須臾離也。可離非道也。是故君子戒慎乎其所不睹、恐懼乎其所不聞。

    道なる者は、須臾も離るべからざるなり。離るべきは道に非ざるなり。是の故に君子は其の睹(み)ざるところを戒慎し、其の聞かざる所を恐懼す。

    〇莫見平隠、莫顕平微。故君子慎其独也。

    隠れたるより見(あら)わるるは莫(な)く、微(かす)かなるより顕(あきら)かなるは莫(な)し。故に君子は其の独りを慎むなり。

    〇喜怒哀楽之未発、謂之中。発而皆中節、謂之和。中也者、天下之大本也。和也者、天下之達道也。

    喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂う。発して皆 節に中(あた)る、之を和と謂う。中なる者は、天下の大本なり。和なる者は、天下の達道なり。

    〇致中和、天地位焉、万物育焉

    中和を致せば、天地位(くらい)し、万物育す。